クレイグ・ライト氏、110万BTCを巡る裁判に敗れる

ビットコイン(BTC)

先日、ナカモト・サトシを自称し、ビットコインSVを率いる人物として知られるクレイグ・ライト氏が、110万BTCをめぐる裁判に敗れたことが報じられました。

これにより、55万BTCが原告に返還されることが決まりましたが、このうち約22万BTCが短期間に売却され、非常に強い売り圧力になる懸念が広がっています。

本稿では、この裁判の詳細と、懸念される売り圧力について解説していきます。

裁判の詳細

ビットコインの生みの親であるナカモト・サトシを自称し、またビットコインSVを率いる人物としても有名なクレイグ・ライト氏(以下、ライト氏)は、2018年2月末ごろ、1兆円相当の支払いを求める訴訟を起こされていました。

そして先日、ライト氏が敗訴したとの報が伝わり、市場に動揺が広がっています。

裁判について、時系列に見ていくと以下の通りです。

裁判の始まり

訴訟を起こしたのは、アイラ・クレイマン氏(以下、アイラ氏)です。

アイラ氏は、ビットコインが始まって間もない2009年から2011年にかけて、ライト氏と共同でマイニングを行なっていた、デイブ・クレイマン氏(以下、デイブ氏)の相続人にあたります。

このマイニングによって、ライト氏とデイブ氏が得たビットコインは110万BTCに上ります。

デイブ氏は2013年に死亡しており、本来ならばこれと同時にアイラ氏がこの半分にあたる55万BTCを相続しているはずです。

また、マイニング事業のためのソフトウェアはライト氏とデイブ氏が共同で開発したものであるため、アイラ氏はデイブ氏の知的財産権についても所有権があります。

しかし、ビットコインの黎明期にあたる当時、ライト氏とデイブ氏は、ビットコインのマイニングを行なっていることを家族や友人に話していませんでした。

このため、デイブ氏の死亡後、かなり時間が経過してから訴訟に至りました。

なぜ、2018年になってアイラ氏が共同マイニングの事実を知ったのかについて、詳しい情報はありません。

フロリダ州南部地方裁判所の記録によれば、アイラ氏の主張は以下の通りです。

 

(アイラ・クレイマン氏は、)「クレイグ・ライト氏はデイブ・クレイマン氏の死後まもなく、デイブ・クレイマン氏が所有するビットコイン関連の知的財産と、55~110万BTCを盗んだと主張している。

また、クレイグ・ライト氏は、デイブ・クレイマン氏の所有していた財産を奪うべく、クレイグ・ライト氏および自身の会社に移すことを画策し、契約書の日付を過去にさかのぼらせることで、デイブ・クレイマン氏の署名を有効にしたと主張している。

 

この主張に基づき、アイラ氏は、

 

  • 110万BTCの大半、もしくは適正な市場価格相当の資産の返還
  • 共同開発したビットコインソフトウェアの知的財産権侵害に対する賠償

 

を求めています。

ライト氏は、これに対して棄却を求めていましたが、2018年12月、フロリダ州南部地方裁判所は、

 

クレイグ・ライト氏は、デイブ・クレイマン氏の死後、最低でも30万BTCを換金し、様々な海外信託に移動した。

 

として、ライト氏の棄却請求を却下しています。

裁判の経緯

この訴訟について、当時はあまり大きく取り上げられていた印象がありません。

その後もしばらく、特別に経過が報じられることはありませんでした。

 

経過1:ビットコインを巡る裁判所命令

事態が大きく動き始めたのは、今年5月です。

ライト氏はフロリダ州南部地方裁判所により、2013年12月31日(デイブ氏が死亡したのは同年4月)から所有しているビットコインのリストの開示を命じられました。

これに対しライト氏は、全てのアドレスが網羅されたリストは持っておらず、開示はできないと主張しました。

一般的に、ビットコインの大量保有者は、ビットコインアドレスのカギの紛失や盗難のリスクに備え、複数のビットコインアドレスに分散して保有します。

110万BTCもの大量保有ともなれば、アドレスはかなりの数に上るはずです。

ライト氏はビットコインアドレスを開示できない理由として、2011年に、所有するビットコインを全て白紙委任信託に移動したためと主張しています。

白紙委任信託はブラインド・トラストとも呼ばれるもので、銀行や資産運用会社などの受託業務を行なう第三者が、完全に裁量権を与えられる、つまり白紙委任を受けている信託のことです。

信託の受益者は、信託が所有している財産について知ることができない仕組みになっています。

これにより、所有する資産をきっかけとする利益相反を防ぐことができます。

よく見られる例として、政治家が所有する資産が投票に影響しないよう、自身の資産を白紙委任信託に入れることを求められることがあります。

つまり、ライト氏は、ビットコインを全て白紙委任信託に移動させたことにより、自分ではビットコインの状況を把握できないと主張したのです。

これに対して裁判所は、ライト氏に対し、

 

  1. 白紙委任信託の名前と位置を特定する書類(及び宣誓陳述書)
  2. 信託の設立・管理・運営に関する全ての書類のコピー
  3. 2011年に白紙委任信託にビットコインを移動した記録、あるいは白紙委任信託の全トランザクションの記録(及び宣誓陳述書)

 

などの証明書類を提出するよう命じました。

経過2:偽造文書の提出が発覚

上記の裁判所命令が出されたのは5月3日であり、証明書類の①は5月8日まで、②は5月9日まで、③は5月15日までに提出することを命じられています。

かなりの短期間で証明書類を揃えることを命じていますが、大量の資産を白紙委任信託に移動させているのですから、それについての情報は常に正しく把握しているはずであって、すぐに提出できて当然だということでしょう。

ライト氏が、これらの書類を提出したことについては何ら情報がなかったものの、その後の流れから、どうやら期限通りに提出していたようです。

しかし7月、この証明書類がまた物議を醸します。

この裁判に関わっていた弁護士の一人が、ライト氏の文書が偽造であることを、証拠とともにツイッターで指摘したのです。

ライト氏が提出した証書の日付は2012年であったものの、ファイルのデータでは作成日時が2015年になっていたため、この証書が偽造であることが発覚しました。

証書が偽造であったことにより、ビットコインを白紙委任信託に移動させたという主張は通らなくなったため、裁判所は改めてビットコインアドレスの開示を命じています。

しかし、ライト氏はこれにも応じることはできませんでした。

証書の偽造について、ライト氏は法廷侮辱罪を問われる可能性もありますが、これについての判決は未だ出ていないようです。

裁判の結末

以上のような経緯をたどり、8月26日、ついにライト氏の敗訴が確定しました。

裁判所は、ライト氏とデイブ氏が共同でマイニングして得たビットコインの所有権について、その50%にあたる55万BTCをアイラ氏の権利として認めました。

アイラ氏が当初求めていた「110万BTCの大半」には至らなかったものの、このほかビットコインソフトウェアに関する知的財産権もアイラ氏の権利として認められたとのことです。

現時点では、ライト氏が55万BTCをどのように返還するのか、方法や予定などは明らかになっていません。

しかし、争われた110万BTCの所在についても、Tulip Trustという信託に保管されていることが明らかとなっています。

ライト氏は、この信託からアイラ氏へ、55万BTCを返還すると考えられます。

また、裁判後のインタビューで、ライト氏は、

 

(アイラ氏は、遺産税納付のための資金を)ビットコインで用立てるしかないだろう。

 

と語っているため、返還の意思もあるものと思われます。

売り圧力への懸念

ライト氏は、裁判の結果によってビットコインの売り圧力が強まる可能性を示唆しています。

連邦遺産税の仕組み

アメリカにおける相続税、すなわち連邦遺産税の税率は、100万ドル以上の相続の場合に最高税率である40%が課せられます。

したがって、アイラ氏が55万BTCを相続すれば、このうち22万BTC相当を納付する必要があります。

遺産税は現金で納付します。

22万BTCは、8月28日12時現在の時価にして約2351億円ですから、アイラ氏がこれを現金で納付できない場合、相続したBTCを大量に売却して納付する必要があります。

これが、大きな売り圧力になる可能性があります。

もちろん、アイラ氏がデイブ氏から多額の現金を相続している可能性も否めませんが、納税額の大きさから考えて、大量の売りにつながることは十分に考えられるでしょう。

譲渡税の懸念はなし

同時に気になるのが、譲渡所得税です。

アメリカでは、仮想通貨は連邦税法上の資産に位置づけられており、仮想通貨取引によって得た譲渡益は納税者の総所得に算入されます。

日本の税法では、株式などの資産を相続した場合、その資産の取得価格は被相続人の取得価格を引き継ぐため、被相続人の取得価格が低く、相続時点での資産価値が大きく高まっている場合には、売却によって多額の譲渡税が発生します。

このため、譲渡所得税も考慮する必要があります。

しかし、日本の税法とは異なり、アメリカでは相続した資産の取得価格を、被相続人の取得価格ではなく、相続人の相続開始時の価格に修正します。

このため、アイラ氏が55万BTCを相続してから売却するまでの間に、ビットコインが暴騰しない限り多額の譲渡益が発生することはなく、譲渡所得税の額も小さくなると思われます。

したがって、アイラ氏が遺産税に加えて多額の譲渡所得税の納付を迫られ、22万BTCを大きく上回る売り圧力が発生する懸念はありません。

どの程度の売り圧力か?

アイラ氏が納税のために22万BTCを売るならば、これが大きな売り圧力となることは間違いありません。

これまでも、一度に大量のビットコインが売られ、暴落する局面がありました。

このため、ビットコインの大量保有者であり、しばしば大量の売りを仕掛ける「クジラ」の動きが常に注目されています。

22万BTCの売り圧力は、これまで話題になったクジラ(と思われる)の売りの規模を遥かに上回ります。

最近の例を見ても、今年5月、日間取引量が100万ドルを超える大手取引所Bitstampでフラッシュクラッシュ(この時は一時的に30%の暴落)が起こったとき、約15億円にあたる1900BTCの売り板が確認されています。この売り板は、クジラによるものと見られています。

このように、1900BTCの売りでさえ30%の暴落を引き起こしているのです。

22万BTCは、この100倍以上の売りですから、一度に売られればこれまでに類を見ない混乱を引き起こすでしょう。

売り圧力に警戒すべき時期は?

以上の懸念から、ライト氏は、

 

「ビットコインSVには全く影響はないが、ビットコインには強い売り圧力になるだろう」

「ごめんねBTC」

「売り圧力を避けるためには、一気に売却しないように、アイラを説得しなければならない」

 

と発言しています。

もっとも、ビットコインは仮想通貨市場を牽引する存在であり、多くの仮想通貨は互いに強い相関にあるため、ビットコインが暴落すればビットコインSVも影響を受けることは必至であり、ライト氏の発言は疑問です。

また、一気に売却しないとしても、かなり強い売り圧力になる懸念は拭えません。

というのも、アメリカでは、原則として死亡日から9ヶ月以内に遺産税を申告・納付するよう定められているためです。

今回のケースでは、デイブ氏の死亡日から既に6年以上が経過しているため、相続開始時から9ヶ月以内に納付すると考えられます。

22万BTCを一気に売ることを避け、仮に9ヶ月間にわたって毎日分割して売るとしても、約815BTCを毎日売り続けることになります。

先日、Bitstampで1900BTCの売り板がフラッシュクラッシュを起こしたことを考えると、815BTCが特定の取引所で一度に売られれば、かなり強い売り圧力になるでしょう。

もっとも、市場全体の取引高を考えると、22万BTCの売却はそれほど問題にはなりません。

世界におけるビットコインの24時間の取引高は、8月28日現在、約2兆円です。

また、Bitflyerの報告によれば、国内取引所の月間出来高は、これまで取引が最も多かった2018年12月で約1844万BTCとなっています。

したがって、複数の取引所で、長期にわたって、小さな単位で細かく売却するならば、市場に深刻な影響を与えるとは考えにくいです。

ただし、アイラ氏がどのように売却するか、現時点では全く不明です。

ライト氏が55万BTCを返還し、アイラ氏が相続してから9ヶ月間が、売り圧力を警戒すべき時期と言えるでしょう。

まずは、ライト氏が55万BTCを返還する時期を知るために、続報に注意しておく必要があります。

まとめ

ライト氏は、以前にもビットコインキャッシュの分裂とハッシュ戦争を引き起こした張本人です。

これまでも、仮想通貨業界でたびたび話題となり、物議をかもすことも多いです。

今回、裁判の結果、市場に大きな売り圧力が発生する懸念が生じましたが、これもライト氏がかつての盟友の資産を着服したことが原因です。

仮想通貨業界において、要注意人物としてのイメージがますます定着しそうです。

仮想通貨に投資している人は、22万BTCの売り圧力に警戒しておく必要があります。

ライト氏の返還の時期やアイラ氏の姿勢などについて、続報が出る可能性も高いため、しっかりと動向を見守っていきましょう。

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