3月15日、金融庁はホームページにて、BCBS(バーゼル銀行監督委員会)が3月13日に公表したニューズレターを掲載しました。
このニューズレターは「暗号資産に関するステートメント」と題するもので、国際決済銀行のウェブサイトで原文を見ることができます。
本稿では、ニューズレターの原文を翻訳し、要点をまとめることによって、金融業界の仮想通貨に対する姿勢を考えていきます。
表現は「暗号資産」
公表されたニューズレターでは、日本で一般的に使われる「仮想通貨」という表現ではなく、「暗号資産」に統一されています。
通貨ではなく資産としてみなしており、この根拠についても以下のように明記されています。
暗号資産は、暗号通貨と呼ばれることもある。
しかし、BCBSではこの資産が標準的な貨幣機能を確実に提供するものではなく、(標準的な貨幣機能に備わっている)交換の手段や価値の貯蔵を期待するのは危険だと考えている。
暗号資産は法定通貨ではなく、政府や公的機関が信用を裏付けていない。
これまでも、仮想通貨、暗号通貨、暗号資産など、同じものに対して色々な表現がされてきました。
特に「通貨ではない」と解釈する場合には「暗号資産」と呼ぶことが多く、G20での表現をはじめとして、国際的には暗号資産と表現する機会が増えています。
BCBSが公表したニューズレターにおいても、標準的な貨幣機能を備えていないからこそ暗号資産と表現するとしています。
※当サイトでは、日本における一般的な表現をとして“仮想通貨”と表記しており、正しい表現が仮想通貨であるべきだと主張するものではありません。
日本でも「暗号資産」がスタンダードに?
日本でも、暗号資産という表現がスタンダートになる可能性が高まっています。
金融庁の掲載する文章の中でも、仮想通貨ではなく暗号資産と表現される機会が増えています。
また、15日の閣議で金融商品取引法と資金決済法の改正案が決定されていますが、この改正案にも表現を「仮想通貨」から「暗号資産」に変更することが含まれています。
このような表現の変更は、G20の表現に合わせることが目的です。
しかし、日本では仮想通貨と表現するのが一般的であり、「仮想通貨取引所」「仮想通貨交換業協会」「仮想通貨ビジネス協会」など、すでに仮想通貨という表現で登録されている企業も多いです。
このため、政府の方針では「暗号資産」としつつも、現場においては「仮想通貨」という表現が使われ続けることで、一般の消費者が混乱する懸念もあります。
仮想通貨の問題点
BCBSはニューズレターの中で、
このニューズレターを通じて、バーゼル委員会は、暗号資産および関連サービスを提供することによって、エクスポージャー(投資家のポートフォリオにおいて、リスクにさらされている資産の割合、またはリスクにさらされている資産の総額のこと)を生じさせている銀行に対して、慎重な対応することを期待する。
として、金融機関への注意喚起も行っています。
これに伴い、暗号資産の問題点を以下のように述べています。
暗号資産はボラティリティが高く、標準的な価値が定まっていない。
また、絶え間なく進化を続けていることから、現在は未成熟な資産である。
このため、流動性リスクをはじめとして、銀行に多くのリスクをもたらしている。
具体的には、
- デフォルトリスク(暗号資産の価値がなくなるリスク)
- 市場リスク(市場全体に存在するリスクであり、様々な原因によって変動し、損失を被るリスク)
- オペーショナルリスク(銀行の活動に変化が起こり、実務やシステムの上で損失が発生するリスク)
- 詐欺及びサイバーリスクを含むマネーロンダリングとテロ資金調達のリスク
- 法的リスク(法的な整備が未発達であることから、今後の法的な枠組みの変化によって損失が発生するリスク)
などのリスクがある。
以上のように、BCBSは仮想通貨を、ハイリスクなものとみなしていることが分かります。
仮想通貨を取り入れる銀行への要求
これらのリスクに備えるために、BCBSは仮想通貨を取り入れる銀行に対して、以下のように求めています。
デューデリジェンス
まず、デューデリジェンス(投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)を求めています。
仮想通貨や関連サービスを提供する前に、上記のリスクを包括的に分析することが重要であり、銀行は仮想通貨によって生じるリスクを適切に評価するために、専門知識を持っていなければならないとしています。
ガバナンスとリスク管理
ガバナンスとリスク管理についても触れられています。
デューデリジェンスによってリスクをしっかり把握し、そのリスクに適した、明確で強固なリスク管理の枠組みを持つべきだとしています。
仮想通貨には匿名性があること、規制によって監督が制限されることなどから、マネーロンダリングやテロ資金調達のリスクは特に高いと言えます。
銀行がこのようなリスクに対応していくためには、リスク管理プロセスをしっかりと構築する必要があり、制裁措置の強化や不正監視の強化なども求められます。
リスク管理プロセスの実施にあたり、銀行の取締役会や上級管理職が監督に深く関与します。
そのため、取締役会と上級管理職に対しては適時・適切に、リスクプロファイルに関する情報を提供する必要があります。
また、銀行の内部資本と流動性の適正性を評価するプロセスには、仮想通貨と関連サービス提供に伴うリスクを組み込むべきだとしています。
情報開示
銀行は、財務内容を開示するにあたり、仮想通貨と関連サービスについても開示し、会計処理も国内法や規制に準拠していなければなりません。
監督上の対話
銀行は監督当局に対して、仮想通貨のエクスポージャーと活動に関する計画と実際の状況を報告することによって、仮想通貨に関する活動の許容性とリスクを十分に評価したことを保証しなければならず、これがリスク軽減につながるとしています。
仮想通貨の普及はまだ時間がかかりそう
BCBSのニューズレターの中で、上記の内容を「“最低限”満たすべきだ」としています。
これを最低限とすれば、銀行が仮想通貨を利用するためのハードルは、かなり高いと言えるでしょう。
現在の仮想通貨は、標準的な価値や今後の進化、具体的な悪用の実態など、よくわかっていないことが多いです。
だからこそ、国際的な規制についても、国内での法的な枠組みについても、なかなか具体的な進展がありません。
そのような状況であるにも関わらず、BCBSは金融機関に対して、「リスクを適切に分析・評価せよ」「リスク管理プロセスを構築せよ」などと求めています。
高い専門知識を持っている学者や実業家などの間でも、仮想通貨のリスクに対する考え方にはかなりばらつきがあります。
仮想通貨の誕生から、まだそれほど時間が経過していない現在、重大と見られていたリスクがそれほど重大ではなかったり、現実には起こりえないとされていたリスクが現実に起こったり、全く新しいリスクが見いだされたりしているのですから、リスクを正しく捉えることは不可能と言ってよいでしょう。
リスクを正しく捉えることができなければ、リスク管理プロセスを構築することも不可能です。
リスクが明確だからこそリスク管理が可能なのであって、不明確なリスクは管理できません。
つまり、BCBSが求めている内容をクリアすることは極めて困難であるといえます。
BCBSのニューズレターはあくまでも注意喚起であって、強制ではありません。
そのため、可能な範囲内でリスクを分析・評価し、それをもとにリスク管理プロセスを構築し、仮想通貨を取り入れる金融機関もあるかもしれません。
しかし、そもそもBCBSは銀行への監督強化を目的として立ち上げられた組織ですから、そのBCBSが注意を喚起し、慎重な対応を求めている状況では、金融業界に仮想通貨が入り込んでいくスピードは遅くなると考えられます。
もっとも、仮想通貨の存在そのものを否定するのではなく、リスクの評価と管理がしっかりできていれば問題ない、という解釈もできます。
金融業界が仮想通貨にどのように向き合っていくか、それによって仮想通貨の将来は大きく変わってくるでしょう。
今後も、金融業界の姿勢は注視していく必要があります。
まとめ
BCBSのニューズレターから、仮想通貨へのリスクにかなり慎重になっていること、金融機関に対しても慎重な対応を求めていることが分かりました。
今後もしばらくの間、仮想通貨が金融業界に大きく入り込んでいくことはないのかもしれません。
しかし、長期的に考えれば、仮想通貨の利用が広がり、普及していくことは間違いないでしょう。
その流れをくみ取り、投資判断に活かしていくために、今後も金融業界の発信する情報には注目していきたいと思います。