17日、18日の2日間にわたり、米上院・下院でリブラの公聴会が開かれました。
仮想通貨業界にとっても大きな影響が懸念されていた公聴会であり、公聴会前からリブラを批判する意見が多かったため、公聴会前まで仮想通貨市場は下落を続けました。
公聴会ではリブラへの不信感が非常に強いことが分かりましたが、公聴会後、市場は落ち着きを見せています。
本稿では、公聴会でのやりとりのまとめと、市場が安堵感を取り戻した理由について解説していきます。
リブラ問題と公聴会
先月、Facebookが独自通貨として開発を進めているリブラのホワイトペーパーが公表されました。
仮想通貨業界は、これがデジタル資産の普及を促進するとして歓迎したものの、各国の金融・経済の主導者たちは強い懸念を示しています。
今月大阪で開催されたG20でも、早急にリブラを規制していく必要があるという結論に達していますし、先日パリで開催されたG7 でも同様の見解で一致しています。
これは、リブラ・プロジェクトの目標とする「シンプルかつグローバルな金融インフラ」が実現した場合、世界の金融・経済にあまりにも大きな影響を与える可能性があるためです。
これまでの仮想通貨とは異なり、リブラはFacebookが抱える20億人規模のユーザーを基盤としているため、リブラがローンチされれば、急速に普及していくと考えられます。
当然、ドルや円といった法定通貨にとって代わる存在になるかもしれませんし、金融機関に与える影響も非常に大きいことでしょう。
国家にとって、自国あるいはEUのような統合体で独自の法定通貨を発行しているということは、国家あるいは統合体の主権に大きく関わっており、世界の金融と経済が安定して成り立つためにも欠かせない要素です。
リブラ・プロジェクトが実現すれば、そのような基本的な仕組みが大きく変わり、金融・経済に混乱をきたす懸念があるのです。
日銀の黒田総裁はリブラ問題の懸念に対し、
日本銀行は、リブラがどのようなものであれ、決済手段としての十分な信頼が確保できるのか、金融システムにどのような影響があるのか、内外の関係当局と連携しながら動向に注意していきたい。
と話しています。
また、FRBのパウエル議長も、「徹底的に、忍耐強く取り組んでいく」と発言しています。
G20やG7では「早急な規制が必要」とされたものの、具体的な規制案はありません。
世界全体としては強い懸念を持ちつつも、各国の政府や中央銀行といった小さな単位での意見としては、黒田総裁の発言のように「(性急に結論を下すのではなく)注意深く見ていきたい」という意見なのだと思います。
しかし、リブラに対する規制が仮想通貨業界全体の発展の妨げになることが懸念され、最近の暴落の一因になったことも事実です。
リブラの影響を最も受けるのはアメリカ
リブラの開発を手掛けるFacebookはアメリカの企業であり、Facebookのユーザー数が最も多い国もアメリカです。
Facebookのユーザー数を国別で見てみると、アメリカが2.3億人で第1位となっています。
第2位はインドで2.2億人です(2017年データ)。
総人口に対するユーザー数を比較すると、アメリカは総人口3.29億人に対してユーザー数2.3億人で利用率は約70%、インドは総人口13.39億人に対してユーザー数は2.2億人で利用率は約16%ですから、非常に大きな差があります。
さらに、アメリカの法定通貨である米ドルは、世界の基軸通貨でもあります。
当然ながら、リブラによって最も大きな影響を受けるのはアメリカと考えるのが妥当です。
だからこそ、アメリカは世界の中でも、特に強い懸念を抱いています。
公聴会とは?
17日、18日に、米上院・下院で開かれたリブラの公聴会が、懸念の強さの表れです。
早急な規制が必要であれば、アメリカが先陣を切って規制に取り組んでいくべきで、公聴会には大きな注目が集まっていました。
公聴会とは、米上院・下院に設置されている種々の委員会が、調査や情報収集を目的として、関係者や専門家を召喚するものです。
大きな懸念が発生した際や、重要な法案を検討する際に開かれます。
特定の企業の活動が、経済に大きな影響を与える場合にも開かれることがあり、過去にはトヨタの豊田章男社長が召喚されました(2010年の大規模リコールの際)。
また、Facebookは過去にも公聴会に召喚されたことがあります。
2018年、Facebookの個人情報の扱いに問題があるとして、CEOのザッカーバーグ氏が召喚されたのです。
公聴会の大きな特徴の一つは、様々なメディアで大々的に報道されることです。
議員にとっては見せ場になりえることから、様々な質問が行われます。
問題を本質的にえぐる強烈な質問もあれば、問題の本質をまったく外している質問もあり、回答側の発言の揚げ足取りにもつながる可能性があります。
公聴会に召喚された企業側に問題があればそれを露呈することになり、問題がなくても穿った見方をされることもあるため、公聴会によって疑念を晴らすというよりも、関わらなくて済むならばそれがベスト、ともいえます。
懸念が高まるなかで公聴会が決定したことにより、仮想通貨市場の下落の一因となったのも、このような公聴会の性質によるものが大きいでしょう。
17日 米上院での公聴会
17日は、米上院で公聴会が開かれました。
上院で主題となったのは、Facebookの信用問題です。
リブラ・プロジェクトの技術的な問題にツッコむのではなく、Facebookの過去のデータ取り扱いに関する問題を持ち出し、「信用に懸念があるFacebookが進めているのだから、リブラも信頼できない」というスタンスです。
上記の通り、Facebookは過去にも公聴会に召喚されていますが、これは数千万人規模で個人情報流出させたことが原因です。
また、Facebookが広告主である企業に個人情報を提供している疑惑もあります。
さらに、2019年になってからも、数億人分のユーザーパスワードを暗号化処理せずに保管していたことが発覚しています。
仮想通貨業界への影響を考えると、リブラ・プロジェクトは好ましい側面も多いです。
しかし、Facebookが過去に起こした問題が大きく、当然の理由によって信用を失っていることも事実です。
Facebookの個人情報取り扱いに関する問題は、ごく最近に起こったものであり、失った信頼を取り戻すのは到底不可能です。
リブラの技術面を問題とするまでもなく、開発元であるFacebookへの不信感を以て断罪するという雰囲気には納得できます。
むしろ、公聴会は大々的に報道されるのですから、リブラが技術面でどれだけ安全であっても、リブラに信頼を寄せるような発言をすれば、議員としての良識を疑われるでしょう。
また、リブラの技術について正確に理解し、的を射た質問をできる議員がどれだけいるのかも疑問です。
だからこそ、上院では単に信用問題を追求する形になったのだと思います。
Facebook側の対応
招集されたFacebookからは、仮想通貨責任者であるDavid Marcus氏が出席しています。
Marcus氏は仮想通貨責任者という、Facebookの一部門の代表として出席し、リブラの技術面での懸念を払しょくしたいと考えていたはずです。
リブラの技術面について質問があれば、仮想通貨責任者として十分な理解もあるでしょうし、様々な回答もできたと思います。
しかし実際には、上記の通りFacebookの信用問題が主題となりました。
仮想通貨部門の責任者として、リブラ周辺のことには責任をもって回答できるでしょうが、Facebook全体の信用問題が主題となれば、もはや責任の範疇を超えています。
このため、Marcus氏はこれらの批判に対して、リブラを管理するのは、様々な企業が参加するリブラ協会であることを強調することで対応しています。
Facebookが不信感を持たれるだけの十分な理由があるだけに、議員が抱く不信感に直接的に反論するのは困難でしょう。
しかし、信用のないFacebookだけではなく、信用のある多くの企業群によって管理されていくのだから、Facebookへの不信感だけを理由にリブラの可能性を潰さないでほしい、と主張したわけです。
また、リブラの利用にあたって必要となるウォレット兼決済アプリである「Calibra.com」の個人データを、Facebookやリブラ協会に共有しないとも明言しています。
しかし、リブラ協会の参加企業とFacebookの利害関係は曖昧であり、Calibra.comを管理するのは、Facebookの子会社であるCalibraです。
親会社であるFacebookのデータ管理に問題があるため、子会社であるCalibraのデータ管理への不信感も根強いものがあります。
批判と非難に終始
Marcus氏の説明によってリブラへの不信感が拭われたわけではなく、Facebookが信用できないからリブラも信用できないと考え、Marcus氏の説明も不十分であるとする議員も多いようです。
公聴会では、上院議員のSherrod Brown氏から、
労働者がFacebookに、苦労して稼いだお金を預けられるだけの信頼はないのではないか?
あなた(Marcus氏)は、仕事の報酬をリブラで受け取ることができるのか?。
という質問もされており、リブラへの不信感の強さが分かります。
リブラは銀行口座として機能するものではなく、「Facebookにお金を預ける」という前提には違和感がありますが、Facebookが管理するリブラを法定通貨によって購入し、利用するのですから、広い意味ではそのような側面がないわけではありません。
これに対してMarcus氏も、リブラは銀行口座ではないとして反論しています。
しかし、同様の質問が繰り返されたため、「私は、自分の全資産をFacebookに預けることができる」と発言し、Facebookやリブラの信頼性を強調しています。
しかし、質問したBrown氏は、Facebookやリブラに強い不信感を持っているのです。
Facebook側のMarcus氏がいくら信頼していると強調したところで、考え方が変わるはずもありません。
実際、Brown氏は公聴会の終了後の取材で、
リブラを制御する法案を支持する。
と発言しています。
以上のように、17日の公聴会は批判と非難に終始する内容となりました。
ポジティブと言える意見もわずかにありますが、それも「リブラの利点とリスクをしっかり検討せずに規制していくのは、時期尚早ではないか」といった程度のものであり、Facebookやリブラに理解を示すものではありませんでした。
18日 米下院での公聴会
18日は、米下院で公聴会が開かれました。
上院では、主にFacebookの信用問題を軸とした公聴会になりましたが、下院ではリブラやリブラ協会に対しての質問も行われています。
中でも注目したいのは、Alexandria Ocasio Cortez議員によって、リブラ協会の参加企業の選び方について質問されたことです。
前日、上院ではMarcus氏により、「リブラはFacebook単体ではなく、リブラ協会によって管理されるものであり、信用できるものだ」との説明がありました。
これをさらに追求するように、
- リブラ協会のメンバーは、民主的な方法で選ばれていないのではないか
- リブラ協会の大半を大企業が占めているのだから、これは大企業による独占なのではないか
など、リブラとリブラ協会の中央集権的な性質について、疑問が投げかけられたのです。
これに対してMarcus氏は、リブラ協会はオープンであり、リブラのビジョンに賛同しており、一定の条件を満たせばどの企業でも参加できると説明しています。
一定の条件とはいかなるものか、詳しい説明はありません。
しかし、この質問のほかに、
リブラのブロックチェーンでは、誰でもノードになることができるか?
との質問に対して、Marcus氏は、
誰でもなることはできない。市場規模が10億ドル以上、なおかつ顧客によるキャッシュフローが5億ドル以上であることが条件だ
と回答しています。
これが、リブラ協会に参加するための条件の一つになるものと思いますが、これはなかなかに厳しい条件です。
現在、Facebookの時価総額は約5500億ドルであり、それから見れば市場規模10億ドルのハードルは低いようにも思えます。
しかし、多くの企業にとってはクリアしがたいハードルです。
このほかにも色々な条件があるはずですから、リブラ協会がMarcus氏の説明のように「オープンである」とは言い難いでしょう。
リブラ・プロジェクトは中止しない
一部の大企業による独占を懸念している下院が、Marcus氏の説明によって中央集権的な特徴への懸念が解くはずもなく、下院金融サービス委員会からは、リブラとカリブラの開発中止が要求されています。
しかし、Marcus氏は、
Facebookは、時間をかけて規制条件を全て満たし、リブラを発行する。
と応じ、開発中止の要求を拒否しています。
中止の要求を明確に拒否したわけではないものの、事実上の拒否と捉えてよいでしょう。
下院のCarolyn Maloney議員も、この回答を「ノーと捉える」と言っています。
このとき、Maloney議員は、「開発を中止しないならば、まずはSECとFRBの監督の下で、100万人以下の規模で試験してはどうか」との代替案を出しています。
しかし、Marcus氏は試験運用を承諾せず、Maloney議員は「ならば、リブラは発行すべきではない」と結論づけています。
上院よりはやや具体的な議論がなされたものの、互いに譲らない結果になったと言えるでしょう。
Marcus氏の対応が正しいかどうかは別として、規制当局に協力すると言いつつも、規制当局の監督を受けて試験運用することは承諾しなかったのですから、米国議会には悪印象になったことでしょう。
懸念は後退か
今回の公聴会によって、上院・下院共にFacebookとリブラを認めていない雰囲気が分かります。
認めておらず、懸念しているからこそ公聴会に至ったのですから、当然といえば当然ですが、Facebook側の回答は納得のいくものではなく、平行線どころかより強い拒否反応を生み出しただけの印象もあります。
トランプ大統領もリブラを名指しで批判しており、公聴会も非難囂々のうちに幕を閉じたのですから、今後の米国会がリブラを規制・抑制する方向で取り組んでいく可能性も十分に考えられます。
どのように進展していくか、しっかり注目していく必要があるでしょう。
市場は安堵感を取り戻す
先日より、公聴会を不安視したことも一因となって、仮想通貨市場は大幅な下落を続けてきました。
しかし、公聴会後、仮想通貨市場は安堵感を取り戻しています。
確かに、公聴会はリブラへの不信感がありありと分かる内容でしたが、それと同時に、この不信感はあくまでもFacebookを原因とする部分が大きいことも分かりました。
市場が不安を抱いていたのは、リブラへの規制を発端として、仮想通貨業界全体への様々な規制に発展していく可能性があったからです。
しかし、蓋を開けてみればFacebookへの不信感が主な原因であり、仮想通貨業界全体への影響はどうやら小さいようです。
さらに、今回の公聴会ではビットコインについても言及されており、特に
中国政府でさえ、国家ぐるみでの規制によってビットコインを殺すことはできなかった。
政府は、非中央集権のブロックチェーン技術やビットコインを排除することはできない」
「政府によって、イノベーションを止めてはならない。
など、ビットコインとリブラは根本的に異なるものだとする指摘や、擁護する意見もありました。
今回の公聴会がFacebookとリブラへの不信感を主題としていたこと、ビットコインなどの非中央集権的な仮想通貨への全体的な批判がなかったこと、リブラとビットコインの違いについてきちんと認識されていると分かったことなどから、仮想通貨市場がひとまず安堵感を取り戻すには十分な内容だったと思います。
もちろん、トランプ大統領はビットコインを批判していますし、米国議会全体がビットコインに賛成しているわけでもないため、今後も規制の動向には気を付けておくべきです。
しかし、少なくとも公聴会への不安による重石は取り除かれ、実際に公聴会後にビットコイン価格は110万円台を回復しています。
再び上昇トレンドに転じるきっかけにはならないかもしれませんが、さらなる下落を引き起こさなかっただけ良しとするべきでしょう。
まとめ
今回の公聴会の内容から、アメリカ政府がFacebookとリブラに大きな不信感を抱いていることが良く分かりました。
仮想通貨の普及促進につながるとして、仮想通貨業界からは歓迎されたリブラですが、今後様々な困難に直面していくことと思います。
公聴会によって、市場が安堵感を取り戻したことは喜ばしいことです。しかし、仮想通貨市場への影響が全くないとは限りません。
今後も、リブラ周辺の動きにはしっかりと注意を払うべきでしょう。